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Author:wachizo

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「たいやきさん」

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漱石先生ごめんなさい5

−5−

「いずみが卵産んだよ。重千代は来月かな。」
帰宅した主人に暴君が話している。
「後ろ足、一生懸命こう動かしてね、可愛かったよ。」
主人の話にはお座なりな返事しかしないくせに、自分が話したい時は別のようで、
産卵時の様子を身振り手振りを加え得意気に語っている。

この暴君が話しているいずみと重千代なる両名であるが、
太平洋を越えた大陸が祖国というアカミミガメ科のお嬢さんである。
玄関を出て直ぐ右手側に設えた住いで暮らしている。

数年前、このお嬢さん方の為に暴君は電子空間から長さ120cm程の生簀を取り寄せたのだ。
「400円に数万円」
暴君がぼやいていたところを見ると結構な金額であるもののようだ。
ちなみに400円とは、人間が付けたお嬢様方のお値段である。我輩は800円だったらしい。
常日頃「勿体無い」を連発している者が、お嬢さん方に大枚を叩いたというのに、
我輩の紫外線灯の交換が遅れているのは全体どういう事であろうか。
若干の不信感を抱かぬわけにはいかないが、それはさておき、
暴君は、その120cmの生簀に産卵床まで隣接させて手狭な玄関前に建立した。
家人の通行は大分不便になったようであるが、そこは地軸人の暴君であるが故気にもとめないのである。

以来2匹は、緑色の水を満面と湛えた御影石調の住まいで日がな一日甲羅を干している。
「雨の日だって干すのよ。フフン」
いずみ嬢はちょっと気取った風に話す。
「どうしてだい。そいつぁ、意味がないじゃないか。」
ちょっと意地悪気に訊いてみた。
「あら、だって干したいんですもの。フフン」
むぅ。真理である。

台風なのに干していると暴君が呆れていた事があるが、
布団干しと同じ類だと思っているうちは、到底判るまいと思うのである。




漱石先生ごめんなさい4

−4−

我輩の住まいは幅90cm奥行き40cm高さ40cmをぐるりと金網で囲んだものである。
前後左右だけでなく天地も囲んであるから、籠の鳥ならぬ籠の亀といったところであろうか。
籠の中は水桶と水桶の深さよりやや低めにした石畳の陸地とに分けられており、水桶と陸地を繋ぐよう御太鼓橋がかかっている。
この住まいを作ったのは暴君である。
完成時「ヤオランド」なる何の妙味も無い名を付けて随分得意げであったが、我輩に云わせれば「ヤオプリズン」である。

暴君からすれば甲長12cm足らずの亀故、これで足りると思っているのであろうが、我輩本来の生息地である自然界と引き比べれば到底足りるものではない。
これでは、運動不足になるは間違いなかろう。
体力筋力共に弱れば、男子たるものいざ本懐をとげようという段になっても、どうにもならぬ事態に陥るやもしれぬ。
それは困る。そんな事態は嫌である。
よって運動を以下のように行なうことにした。

御太鼓橋を攀じ登り、石畳の上をバタバタと走り、金網に登り、そのまま横へと移動して、水桶の縁の真ん中あたりに差し掛かったところで、水中へ転がり落ちるダイブする。

我輩、甲羅干しに飽きるとこれをやる。

「ウルサイっ!シュウェッ!」
クッションだか座布団だかの縫い目を顔に刻んだ暴君が、文句を言いに来たってかまうものかと思う。
男子の本懐がかかっているのである。

「ヤオだってさぁ、『っんだぁーーーー!!』ってやりたい時があると思うよ」
いつぞや、主人が拳を天に突き上げて暴君に話していたことがあった。
あの時は心の中で快哉を叫び、男同士の連帯感と親近感に免じて、以前我輩を「杉作」と呼んだことは、固形飼料の滓と共に流してやろうと思ったものである。



漱石先生ごめんなさい3

−3−

曇よりとした梅雨空の日が続いているが、下駄箱上で暮す我輩には晴れだろうが雨だろうが大差ない。
紫外線の放出量など期待できなくなった古い灯下で惰眠を貪るのみであるが、その前に固形飼料でも貪れないかしらんと、前足と首をなるたけ延長して水桶の縁より目を凝らしていたところ、廊下の突き当たり左奥から主人がドタドタと歩いてくる気配がする。
着古したTシャツに短パンという休日スタイルであれば、気紛れに固形飼料の恩恵に預かれる事も無きにしも非ず、我輩少々浮き足立ってきた。
処へ現れた主人は、暴君が砂糖九日屋で調達してきた例のボタンダウンのシャツを着込んで、これから出勤という体である。
主人の顔には死地に赴く様な悲惨さが湛えられており、我輩に固形飼料を与えてみようなどという精神的余裕は欠片も持ち合せ得ない事が伺えた。
沈鬱な面持ちで出掛ける主人を見送った後、暫くしてやって来たのは皇帝ネロである。
此方も出勤スタイルであるが、主人の様な悲惨さは何処にも見受けられない。
大方例の如く職場でも「ハイ、御仕舞」とやっているに違いなかろうと思う。
暴君で面倒くさがりな地軸人間を雇っている会社があるとは、これもまた我輩の不思議の一つである。

ネロ殿も出勤前であれば固形飼料をばら撒く事は決してない。
これは主人のように精神的余裕のせいではない。
時間的余裕のせいもしくは単に面倒くさいというだけの事である。
そのくせ、水桶の外側を指でトントンと突いてブォ〜クワッと訳の判らぬ音を吐いて出て行った。
小さき者のささやかなる希望は、噛み砕いた固形飼料の粉末が水に溶けるが如く消え去ったのである。

こうなればもう、夕刻ネロ殿の帰還に期待するより他はないので、素焼き鉢で拵えた御太鼓橋を苦心惨憺よじ登り、甲羅でも干して待つ事といたそう。
それにしても、この電灯、今年あたり交換してくれないものかしらん。



漱石先生ごめんなさい2

−2−

昨今異常気象だの温暖化だのと騒がれている事で、エコブームになっている。
天に吐いた唾、当然の報いであるのにと、我輩など嘲笑せずにはおられないが、地球の異変は我等亀族にも大いなる打撃を与えるであろうから、異変の張本人であり、万物の長で頭脳明晰であるを自負するところの人間に、責任をとって頂かねばと思う。
その責任取りの一環として、主人の会社も今年からクールビズというのをやることになったらしい。
こないだの晩のこと、身支度に備えてもらえるよう主人は暴君に説明を始めた。
「来週からノーネクタイで行く事になったから」

暴君は非常な面倒くさがりでもある故、夫君に対し奉り非常に横柄で適当な応対をする。
この度も「ふぅん、そ。」とやってのけた。
出鼻を挫かれたようで主人は少々気を悪くしたものであるが、会社からの通達を報告して来週からの出勤に備えなければならない故、なんとか気を取り直し、以下の様に後を続けたものである。
「襟がだらしなくならないのを着て来いっていうんだよ。それで、場合によってはネクタイをしめないといけない事もあるから、ネクタイをしめてもおかしくないシャツを着て来るようにだって」
「?? シャツなんてネクタイしめなかったら皆だらしなくなるでしょ」
「いや、だからね、襟がね、だらしなくなってたら、みっともないから、駄目なんだってっ」
「駄目ったってボタン外してノータイならだらしなくなるでしょうよ」

何故ハイわかりましたと素直に言えぬかと、主人は再び気を悪くする。
悪くするが、ともかく妻に納得して貰わねばならぬ。
妻が納得しなければ身支度ができず、身支度が整わねば会社員生活が立ち行かぬのだ。
故に忍耐強く以下の様に説明した。
「だから、だらしなくならないのを着て来いっていうんだよ。今までのシャツでもだらしなく見えないってお前が思うんなら俺はそれでいいんだよ。」

自分にはだらしなく見えずとも相手からはそう見えることもあるだろうと暴君は思う。
どうして「だらしなくならないように」などと曖昧な判断基準の通達をするのか。
いっそ、このメーカーのこのシャツにせよ!とすればいいものをと、暴君は会社の上層部に憤慨する。
憤慨しつつも暴君は、乱雑な記憶野の奥の奥で息を潜めていた映像を引っ張りだしてみた。
砂糖九日屋に並んだ数々のシャツの映像である。
その中に、クールビズ用と称したボタンダウンのシャツがあった気がしてくる。
「ボタンダウンなの?」
「ボタンダウンかどうかじゃなくって、だらしなくならない襟のだよ!」
「じゃ、だらしなくないシャツって、どいういうシャツだっていうの?」
「オレだって知らないよっ!」
「ん〜、だからボタンダウンじゃないかと思うけど」
「お前判んないの?だらしなくならないシャツだよ。オレには判るよ。」

オレには判るってんなら、ご自分で買いに行ったらいいのにと暴君はご主人にも憤慨する。
それに、知らないっていった舌の根も乾かぬうちに、オレには判るって矛盾じゃないかと、喉元まで出掛かったものであるが、此処で生来の面倒くさがりが急に首を擡げたようで、
「なんで、お前には判らないかなぁ」
未だ続けている主人に向かい、
「ハイ、もうやめ、御仕舞」
ぴしゃりと切り上げてしまった。

この時の主人の心持は如何様であったろうか。
我輩には、何やら感じ入るものがあった。




漱石先生ごめんなさい1

−1−

我輩は亀である。
名前はまだない。

と、いきたいところであるが、名前はあるのである。
とはいえ、此方がこれこれこの名前でお願いしますと言ったわけではない、
勝手に付けられてしまったのである。
まったく人間と言うものほど身勝手な生き物はあるまいと思う。
我等亀族が大人しくしているのを良い事に、売ったり買ったり捨ててみたりと好き放題している。
いやしくも神様のお使いであるかもしれぬ亀族に対して無礼千万であろうと思う。
我輩にも「ヤオ」などという、インチキ臭い何処ぞのバッタもんのような名前を付けて、
したり顔でオツに入っているのだから、始末に終えぬとも思う。

ところで、我輩にこのインチキ臭漂う名前を付けたのは我が家の主人ではない。
その細君である。
「太」の方が大分お似合いであろう体付きである細君の事を、
傍若無人に我輩の甲羅を磨き上げる故、我輩は「暴君」と呼んでいる。
この暴君などは、我輩が知っている人間の中でとりわけ身勝手の代表のような存在である。
節約・エコなどの大義名分を御旗に、二言目には「勿体無い」を主人に向かい連発しているが、
存外自分の好きな物や、○流スターだかのDVDなどは惜しげなく買っているようである。
我輩の住まいは、玄関の下駄箱の上に拵えられてあるので、
猫やら水鳥やらの配達屋が運んできた物を、いそいそと居間に持込む姿を幾度目にしたかしれぬ。
だというのに、我輩の食事など「固形飼料」一辺倒な上、
あともう少し頂けないものかしらんと期待しているのに、
「ハイ、御仕舞」
ぴしゃりと切り上げてくるのである。
我輩の住まいを照らしている紫外線灯も2年程交換されていない。
もはや紫外線など出ていないのではないだろうか。

このような暴君を娶った主人が、我輩は不思議でしかたがないのである。




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